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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4575号 判決 1996年3月25日

原告

甲野太郎

原告訴訟代理人弁護士

川口和子

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

伊東顕

外一名

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

兼子愼介

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する平成六年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、乙川花子に対する旅券法違反被疑事件について原告宅で行われた捜索差押に対し、原告が、捜索差押許可状の請求、発付及びその執行が違憲違法であると主張し、被告国及び同東京都に対して、それぞれ、国家賠償法一条一項により、原告が被った精神的損害の賠償を求めたものであり、争点は、右捜索差押許可状の請求、発付、執行がそれぞれ違憲違法かどうかである。

二  前提事実(当事者間に争いがない。)

1  日本国外務大臣は、乙川花子(以下「乙川」という。)に対し、昭和六二年九月一日、一般旅券を発給したが、昭和六三年八月、旅券法一九条一項一号に基づき、乙川が同法一三条一項五号の「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当な理由がある者」に当たるとして、これを理由に官報をもって右一般旅券を返納するよう通知した。乙川は、右返納期限である同年八月三一日を過ぎても、右旅券を返納しなかった。なお、乙川と同時に、同様の理由で、北朝鮮に在住するF、J、K、T(以下「T」という。)に対しても、旅券返納命令が発せられたが、これらの女性も旅券を指定された期限までに返納しなかった(以下乙川と右四名の女性を合わせて「乙川ら」ということがある。)。

2  被告東京都の警視庁公安部公安第一課所属の司法警察員である加藤和雄(以下「加藤」という。)は、平成五年五月二一日、東京簡易裁判所に対し、被疑者を乙川花子、被疑罪名を旅券法違反(返納命令違反、以下「本件被疑事件」という。)、捜索すべき場所を、原告宅(訴状記載の原告の住所、東京都江戸川区<地番省略>)、差し押さえるべき物を、別紙差押物件目録記載の文書類とする捜索差押許可状の発付を請求し、請求を受けた同簡易裁判所裁判官は、同日、同趣旨の捜索差押許可状を発付した(以下「本件令状」という。)。

3  警視庁所属の司法警察員である重野昌昭(以下「重野」という。)は、平成五年五月二二日、右原告宅を捜索し(以下「本件捜索」という。)、別紙押収品一覧表の押収品目録欄記載の各物件を差し押さえた(以下、右差押を「本件差押」といい、差し押さえられた物品を「本件押収品」という。)。

4  警視庁は、平成五年一二月一三日、本件押収品を原告に還付した。

三  原告の主張

1  憲法三五条は、住居等の不可侵を極めて重要な基本的人権の一つとして保障し、住居等の捜索差押をするには、正当な理由に基づいて発せられ、かつ、捜索場所及び差押目的物を明示した令状なしでは住居等の捜索を行えないとしている。この正当な理由とは、犯罪の相当な嫌疑、捜索場所及び差押目的物と当該被疑事実との関連性、捜索差押の必要性がそれぞれ存在する場合であり、さらに、被疑者以外の第三者に対する捜索差押については、押収すべき物の存在する蓋然性が高い場合に限って捜索差押が許される(刑事訴訟法二二二条一項、九九条一項、一〇〇条、一〇二条二項)。

2  本件令状請求の違憲、違法性

警視庁所属の司法警察員は、本件被疑事件の被疑者ではない原告宅に証拠物の存在する蓋然性がほとんどなく、原告宅を捜索する必要性がないことを知りながら、又は重大な過失によってこれを知らずに、東京簡易裁判所裁判官に対し、本件令状の請求を行ったものであり、本件令状請求は違憲かつ違法である。

本件令状請求は、犯罪捜査上の必要性からではなく、公安警備目的から、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)に居住する乙川ら、及び、人道的観点から乙川らの日本国内への帰国運動に共鳴している原告らの、各近況、動静に関する情報等を収集するために行われたものである。

本件被疑事件は、軽微な事件であり、乙川も旅券を返納する意思を有していたし、組織性、計画性等もない。原告は、人道的観点から乙川らの帰国を推進する運動をしていたにすぎない。

後記被告東京都の主張は、憲法上保障された結社の自由等の権利を行使したことを理由として、原告と本件被疑事件との関連性を認め、本件捜索差押を合法と主張するものであるが、これは、憲法上の権利の侵害である。

3  本件令状発付の違憲違法性

(一) 東京簡易裁判所裁判官は、本件令状請求を受けた際、犯罪の相当な嫌疑の存在、捜索場所及び差押目的物と被疑事実との関連性、捜索差押の必要性、原告方に証拠物の存在する蓋然性などの令状発付の要件を慎重に吟味する義務があったのに、故意又は重大な過失によりこれを怠り、いずれの要件も欠如していたにもかかわらず、本件令状を発付した。よって、右令状発付は、違憲かつ違法である。

(二) 国家賠償法の立法の経緯、及び最高裁判所判決が裁判官による裁判について国家賠償法上の違法性の要件を限定したのは争訟の裁判に関してだけであることからしても、裁判官の令状の発付については、他の公務員と同様の要件で国家賠償法上の違法性が認められるべきである。

4  本件捜索の違憲違法性

警視庁所属の司法警察員らは、右違憲違法な令状発付を受けて、本件令状が、主として公安警備目的のものであって、犯罪の相当な嫌疑、捜索場所及び差押目的物と被疑事実との関連性、原告宅に差し押さえるべき物が存在する蓋然性、捜索差押の必要性の要件が欠如していることを熟知し、あるいは重大な過失によってこれを知らずに、原告方において、本件令状を執行して、捜索を行った。よって、本件捜索は、違憲かつ違法である。

5  本件差押の違憲違法性

被疑事実と差押目的物との間には、証拠物又は没収すべき物と思料される物という程度の密接な関連性がなければならない。

ところが、本件被疑事実に対し、本件押収品は、市民団体の機関誌(紙)、私信、新聞紙切り抜きのコピー等であって、右関連性を有しないし、「『よど号』田宮高麿さんらの人道上の帰国を日本政府に要求する会」(以下「人道帰国の会」という。)は、乙川らの平穏な態様での帰国を早期実現することを目的とし、旅券返納命令違反事件と無関係であるから、これに関する文書類は被疑事実との間に密接な関連性はない。

また、差押は必要性がある場合にのみ認められるところ、本件押収品は、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれが何ら認められないか著しく小さいのに対し、原告が本件捜索差押によって被った不利益は甚大であり、本件差押には必要性が認められない。特に市民団体、政治団体が公刊している機関誌の差押の必要性はなかった。

したがって、本件差押は違憲違法である。

四  被告東京都の主張

1  原告の主張1は一般論として認める。

2  本件被疑事件の旅券返納命令は、乙川が海外において北朝鮮の工作員と認められる人物と接触するなどしたため、日本国外務大臣が、旅券法一三条一項五号にいう「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある」として、発せられたものである。また、乙川らは、北朝鮮情報機関の支配下で情報活動を行い、当時渡航制限区域だった北朝鮮に不法に入国して、日本赤軍とも関連を有するよど号ハイジャック事件(昭和四五年に共産主義革命を唱える田宮高麿らが、航空機「よど号」を乗っ取り、その実行犯の一部が北朝鮮に渡航した事件)の犯人と結婚している者であり、さらに、乙川らと行動をともにしている者の一般旅券を基に旅券が偽造されたという事実がある。

したがって、本件被疑事件の背後には、北朝鮮情報機関、よど号ハイジャック事件犯人及び日本赤軍が深く関与している可能性が高く、捜査によって、本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係を含めた事実の全貌を明らかにする必要があった。

3  原告は、よど号ハイジャック事件犯人と結婚し乙川と同時に旅券返納命令が通知されたTと、昭和五八年六月に日本国内で接触しており、よど号ハイジャック事件の犯人の一人である田宮高麿が提唱した「尊憲運動」論に基づいて組織された団体である憲法研究会の機関紙に投稿をし、憲法研究会主催の集会に参加していたほか、「よど号」ハイジャック犯人が発行している機関誌に掲載された学習会に数多く参加しており、また、平成三年八月、北京経由で北朝鮮に入国し、よど号ハイジャック事件犯人らと面会しており、同年一二月、人道帰国の会の発足集会に参加し、さらには、よど号ハイジャック事件犯人の一人で、昭和六三年日本潜伏中に逮捕された柴田泰弘(以下「柴田」という。)の裁判を傍聴したほか、同人を支援する会の集会に参加して裁判闘争を支援していた。

4  右のような、原告とよど号ハイジャック事件犯人及び乙川らとの関係を総合的に考慮すると、原告宅には、本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係、背後関係などを明らかにする証拠資料が存在する蓋然性が高いと認められた。また、2で述べた本件被疑事件の背景、原告と乙川ら五名との関係などを考慮すると、原告による右証拠資料の任意提出は期待できず、捜索差押の必要があった。

5  本件押収品は、いずれも本件被疑事件の組織性、計画性、共犯関係等を含めた事実の全貌を明らかにするために必要な証拠物で、別紙押収品一覧表の差押さえるべき物の項目欄記載のとおり、別紙差押物件目録記載の物件に該当する。原告が公刊されていると主張する機関紙はいずれも公刊物ではないし、仮に公刊物であったとしても、記載内容から本件被疑事件と関連性のあることは明らかで、右機関紙等が原告宅に存在したこと自体、本件被疑事件の組織性等の立証のため必要であるので、差押の必要性があった。

五  被告国の主張

1  原告の主張1は、一般論としては認める。

2  裁判官の捜索差押許可状の発付について、国の国家賠償法上の責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって令状発付をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることが必要である。

原告は、右の特別の事情に当たる具体的事実を何ら主張していないし、本件では、令状発付の要件に欠けるところはなく、東京簡易裁判所裁判官のした本件令状の発付には何らの瑕疵もない。

したがって、国に国家賠償法上の責任はない。

第三  当裁判所の判断

一  令状請求の違憲違法

1  憲法三五条一項は、基本的人権として、何人も、その住居について、正当な理由に基づいて発付され、捜索する場所及び押収する物を明示した令状によらなければ、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。

刑事訴訟法は、憲法の右「正当な理由」の要件について具体的に規定しているが、特に被疑者以外の第三者宅に対する捜索差押に関しては、被疑事実を犯したと疑うに足りる相当な嫌疑の存在、捜索差押目的物と当該事件との関連性、捜索差押の必要性のほかに、捜索の対象となる場所に差し押さえるべき物が存在する蓋然性があることが必要である(同法二一八条一項、二二二条一項、九九条、一〇二条)。

そして、司法警察職員の、第三者宅に対して捜索差押令状請求の理由と必要があり、そこに捜索すべき物が存在する蓋然性があるとした判断が、令状請求時までに通常要求される捜査によって収集した資料に基づき、合理的かつ相当であると評価できる場合には、当該令状請求が違法となることはないと解される。

2  前記前提事実及び甲第三二号証の一、二、第三三号証、第三四号証、丙第一号証、第二号証の一ないし五、証人加藤和雄の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件被疑事件及び原告に関し、以下の事実が認められる。

(一) 日本国外務大臣は、昭和六二年九月一日、乙川に対し、一般旅券を発給したところ、乙川が、欧州において、北朝鮮の情報機関関係者と接触するなど、日本国の利益又は公安を著しく害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者(旅券法一三条一項五号)として、昭和六三年八月六日、同月三一日までに旅券を返納するように命じた。右命令は、乙川が北朝鮮に滞在していたため、旅券法の規定により、氏名、生年月日、本籍、住所、旅券番号とともに、官報第一八四三七号にこれを告示してされた。乙川は、同年八月二九日付けの書面で、外務省に対し、右官報の乙川の住所が「碓氷郡」とすべきところ「碓井郡」となっていることの問い合わせをしたものの、当該旅券を返納期限までに返納しなかった。なお、乙川は、北朝鮮が渡航制限地域であった昭和五〇年代後半から北朝鮮に滞在をしていたことがあった。

また、日本国外務大臣は、右と同時期に、乙川に対するのと同様の理由で、北朝鮮に滞在するT、F、J、Kら四名についても一般旅券の返納を命じたが、同人らはいずれもこれを返納期限までに返納しなかった。

(二) 昭和四五年三月三一日、共産同赤軍派の田宮高麿ら九名のグループが、日本航空の飛行機よど号をハイジャックし、田宮高麿らは北朝鮮に投降するというよど号ハイジャック事件が発生した。実行犯の一人で北朝鮮から偽造旅券を使用して帰国、潜伏していた柴田は、昭和六三年、日本国内で逮捕され、有罪の判決を受けた。また、よど号ハイジャック事件犯人のうち三人は、現在も北朝鮮に滞在している。

平成四年四月、乙川らが、右北朝鮮に滞在しているよど号ハイジャック犯人の事実上の妻であることが明らかになった。

(三) 原告は、昭和五八年六月、東京都の井の頭公園においてTと会った。

また、原告は、田宮高麿が提唱する理論に共鳴する団体「憲法研究会」の機関紙「SONKEN」に複数回投稿し、また、同団体が主催した集会、学習会などにも数回参加した。

平成三年八月、原告は、北京経由で、北朝鮮に入国し、田宮高麿などよど号ハイジャック事件犯人と面会した。

平成三年一二月、よど号ハイジャック事件犯人らの人道上の帰国を日本政府に要求し実現する人道帰国の会が発足したが、原告は、その発足集会に参加し、その後も、乙川らの帰国を支援する運動を推進していた。

さらに、原告は、よど号ハイジャック事件犯人の一人で、日本国内で逮捕された柴田の裁判闘争を支援するための組織である「柴田さんを支える会」の集会に参加したほか、同人の裁判の公判を傍聴した。

(四) 警視庁公安部公安第一課に所属する加藤は、平成四年一〇月、外務省から、本件被疑事件の嫌疑を裏付ける資料の提供を受け、右資料等を総合して、本件被疑事件(旅券返納命令違反)には、よど号ハイジャック事件の犯人や北朝鮮の情報関係者が深く関与している可能性が高く、本件被疑事件の組織性、背後関係等を解明する必要があると考えた。

そこで、加藤は、本件被疑事件の性質や右(三)記載の各事実に照らし、原告宅には、右組織性等を明らかにする物件が存在する蓋然性が高いと考え、平成五年五月二一日、外務省から提供を受けた資料及び概ね右(三)に記載した事実を記載した捜査報告書等を疎明資料として、東京簡易裁判所に対し、本件令状請求を行った。

3  右認定事実に基づき、本件の令状請求の適法性について検討する。

(一) まず、本件被疑事実を犯したと疑うに足りる相当な嫌疑の存否であるが、前認定の、本件旅券返納命令の理由及び乙川が当時は渡航制限地域であった北朝鮮に渡航し、当該旅券の返納期限後も北朝鮮に居住して旅券を返納していないこと、北朝鮮においてよど号ハイジャック事件犯人の事実上の妻となっていたこと、本件令状請求時までに、これらの事実を裏付ける資料が存在したことなどから、捜査担当の加藤において、これら事実に基づき、乙川が本件被疑事実を犯したと疑うに足りる相当な嫌疑が存在したと判断したことは、相当であったと考えられる。

(二) また、同人が、本件令状の請求の段階において、本件被疑事件に関して、被疑者に対し協力、支援、指示等をする何らかの組織、団体の存在する可能性を考え、背景事情も含めた本件被疑事件の真相を解明するため、右組織、団体の実態について捜査を行う必要があると考えたことも、合理的なものといえる。

(三) さらに、本件被疑事件の被疑者が北朝鮮に居住していることなどを考えると、右被疑事件の解明のため、日本国内において、右に関係する証拠資料を有する蓋然性がある者の居宅に対して捜索を行うこと及び別紙差押物件目録記載の書類等を目的とする差押を行うことには相当な理由があるというべきである。

(四) 一方、原告は、乙川と密接な関係を有すると考えられるTや田宮高麿と直接の接触をしたことがあるほか、原告が関与している複数の団体の性格に照らすと、加藤において、別紙差押物件目録記載の書類等が、原告宅に存在する蓋然性があると判断したことは相当であったといえる。

(五) また、仮に、原告主張のとおり、人道帰国の会が、本件令状の請求発付当時は、よど号ハイジャック犯人の妻の平和的な帰国を目的とする会であり、乙川らに対し旅券の返納を勧める立場にあったとしても、現実に当時まで当該旅券が返納されておらず、甲第一三号証によれば、関西「人道帰国の会」の機関紙には、旅券返納命令の撤回を求める論説が掲載されているなどの事実も存在したのであり、かつ、前認定の事実によれば、加藤は、原告の人道帰国の会への参加を令状請求要件を判断する資料の一つとして考慮したにすぎないものと認められるから、右人道帰国の会の性質が原告の主張のとおりであったとしても、これが直ちに、本件令状請求の要件の不存在を根拠づけるものではないと考えられる。

(六)  したがって、本件令状請求の段階において、右時点までの資料により、本件令状を請求する要件があると判断して、これを請求した行為に違法な点はないというべきである。

4  よって、被告東京都の令状請求の違憲違法をいう原告の主張は、理由がない。

二  令状発付の違憲・違法性

一般に、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当であり(最高裁判所昭和五三年オ第六九号同五七年三月一二日第二小法廷判決民集三六巻三号八九頁)、この理は、裁判官の裁判の一である令状発付に関しても妥当すると解するのが相当である。原告の主張は、独自の見解であり、採用することはできない。

本件で、原告は右特別の事情を何ら主張しないし、本件全証拠によるも当該裁判官について右特別の事情があったことを認めるに足りない。

したがって、原告の主張のうち、本件令状発付の違憲違法をいう点は、理由がない。

三  本件捜索の違憲違法

原告は、本件令状が違憲違法に請求、発付されたものであるから、本件令状に基づき重野が行った本件捜索が違法であると主張する。

しかし、右一及び二のとおり、本件令状の請求、発付は適法というべきであるから、原告の主張はその前提を欠くものである。また、本件捜索について、原告は、他に具体的な違憲違法な行為があったことを主張立証しないし、本件全証拠によっても、違憲違法な行為の存在を認めることはできない。

よって、原告の主張のうち、本件捜索の違憲違法をいう点は理由がない。

四  本件差押の違憲違法性

1  原告は、本件差押物件は、本件令状の差し押さえるべき物に該当せず、また、差押の必要がなかったものであるから、これを差し押さえた被告東京都の行為は、違憲違法であると主張する。

2  まず、本件押収品が、本件令状の差し押さえるべき物に該当するか否かを検討する。

本件令状の差し押さえるべき物は、本件被疑事件において、既述のとおり、被疑者の背後の組織、団体を解明する必要があることから、別紙差押物件目録各号のとおり、定められたものである。

甲第二号証ないし第三〇号証(枝番のあるものはそのいずれも含む。)、丙第三号証、証人重野昌昭の証言によれば、本件押収品は、原告宅において、何か所かにまとめて置かれていたものであり、いずれも、北朝鮮のよど号ハイジャック事件犯人やその妻に関する事項が記載された書面であったり、北朝鮮のよど号ハイジャック犯人と関連を有する団体に関係する書類であったり、北朝鮮よど号ハイジャック事件犯人やその妻と関連を有する団体に所属する人物の名が記載された名簿類であって、被疑者の背後に疑い得る組織、団体を解明するため必要性のある書類といえるものであり、別紙押収品一覧表記載差押さえるべき物の項目欄記載のとおり、いずれも、本件令状に記載された差し押さえるべき物に該当するというべきである(別紙押収品一覧表記載七、一五、二一、二二、二八、二九は、同一覧表記載差押さえるべき物の項目一(三)にも該当するというべきである。)。

したがって、本件差押の目的にも鑑み、本件押収品は、いずれも、令状に記載された差し押さえるべき物に該当すると解される。

3  なお、差し押さえられた物件が、差押令状に記載された差し押さえるべき物に該当するとしても、差押はこれを受ける者に多大の不利益を被らせるものであるから、被疑事件の性質、証拠物としての価値等を勘案して、差押の必要性がほとんどないと認められる物の差押が違法と評価される余地もあると考えられるところ、原告は、特に、市民団体の機関紙が公刊物であり、発行元から入手可能で、隠滅等のおそれもないと主張して、その差押の必要性を争っている。

しかし、別紙押収品一覧表記載四、一二及び一三の機関紙は、その内容に照らし、いずれも本件被疑事件の背景事情を解明するために少なくない価値を有する文書であると認められ、右文書が原告宅に存在する場合、これを差し押さえる必要性は必ずしも小さいとはいえず、また、これらの機関紙が不特定多数に対して、大量の部数が頒布されたものとも認められない。したがって、これらについて差押の必要性がありと判断したことは相当と認められる。

同目録記載の他の書類も、前掲各証拠によって認められるその記載内容及び本件被疑事件における捜索の必要性に照らすと、いずれも差押の必要性が認められるというべきであり、他に、本件差押に関し、重野をはじめ警視庁の担当捜査官の行為に違憲違法な行為があったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、本件差押の違憲違法をいう原告の主張には理由がない。

第四  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑恒 裁判官窪木稔 裁判官柴田義明)

別紙<省略>

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